栗東の名調教師「上田三千夫」

競馬予想で重要な栗東の名調教師「上田三千夫」

騎手として、そして調教師として栗東で活躍したのが上田三千夫です。上田三千夫の生年月日は1926年10月25日で、所属団体はJRA、栗東所属の調教師でした。出身地は福岡県小倉市、現在の北九州市です。

1939年、小倉競馬場所属の調教師であった上田武司に弟子入りします。のちに養子となるなど、若い時から競馬に携わることになります。

1943年に騎手免許を取得するものの、戦争に駆り出されることになり、いったんは騎手を廃業するも、戦後復帰を果たします。再び上田厩舎に所属すると、馬にも恵まれ、多くの重賞を勝つことができました。

その中の1頭がダイナナホウシュウです。当時はG1などのグレード制がなく、八大競走が格の高いレースで、8つのレースのうち、皐月賞、菊花賞、天皇賞秋を制しました。8つのレースの中には桜花賞やオークス、当時は天皇賞秋を制すと天皇賞春には出られなかったため、制することのできるレースのほとんどを制したことになります。上田三千夫はその主戦を担当していました。

調教師成績は1965年から1999年までで626勝でした。騎手時代と比べ、なかなか重賞には恵まれませんでしたが、それでも多くの馬を送り出しました。

上田三千夫は馬よりも人を多く育て、後に調教師となる人物を多く輩出し、その調教師たちもまた多くの人材を輩出するなど、上田三千夫から続く系譜は今も脈々と続いています。

予想の際には、馬柱欄を見ながら、上田三千夫からの縁でつながっている関係性があると思いながら予想をしていくと思わぬ馬券を手にすることができます。馬を育て、人までも育てた上田三千夫は間違いなく栗東の名調教師であり、日本の競馬界に名をとどろかせています。

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